コミュニケーション能力不足の若者たちこれもIT社会の弊害か?
最近の新入社員を見ていると、共通してあるのが、コミュニケーション力が不足していることである。あいさつくらいはできるのだろうと思っていても安心してはいられない。こちらから声をかけないとあいさつもしない。社外の人が会社に来ても自分に関係なければ、目もくれない。ただひたすらパソコンとにらめっこしている。
いろいろな人と話せば、コミュニケーション能力がアップするはずだ(写真はイメージ) そんなありさまだから、電話の応対などは、うかうか任せられない。何よりも新入社員といえば、かかってきた電話を一番に取って、社内外のいろんな人のことを知り、業務内容を覚えていくのが大事ではないだろうか? しかし、外からかかってきた電話に対し、例えば、自分の先輩が不在である旨を伝えようとする場合、
「○○さんは今、外出されてらっしゃいます」
などという対応をしたりする。私が仕事上でほかの会社に電話しても、新人らしき社員や、アルバイト社員などは、外からかかってきた電話に、自分の同僚や先輩・上司に対して敬語を使って対応している場合が多い。
これはただの日本語の乱れなのか? もちろん新入社員のときは、自分も含めてだが、言葉遣いや客との接し方などいろいろと失敗し、怒られたものだ。同じように当時の私の先輩はそう思ったかもしれない。だが、失敗し注意されたら、それを繰り返さないように努力したものだ。だが、最近の若者にはそれもない。先輩らに散々注意され、怒られた後、少し元気付けてあげようと声をかけると、へこんでいるどころか、すぐに何事もなかったかのように元気になっている。まるでテレビゲームのリセットボタンを押したかのように。
不思議な新入社員を飲みに誘ってみた。話すらもできない社員かと思ったが、意外と2人なら話をする。自分が新入社員のころなら、こんなしゃべり方をすれば先輩にこっぴどく怒られただろうなと思ったが、それはがまんして彼の話を聞いた。
会社に入るまで、親や親族以外の大人とはほとんど話したことがないという。その理由を探ってみた。するといろいろなことが推測できるようになった。
例えば、高校時代にクラスで気になる女の子がいるとする。デートに誘いたいなどと考えるだろう。まず、そのクラスメートの家に電話して話をして誘い出そうとする。私の経験で言えば、まず立ちはだかるのが、その子の両親だ。特に父親だと厄介である。その立ちはだかる関門を突破するために、必死に丁寧な言葉を選び電話しないといけない。そうやって大人や社会との付き合いを学ぶのである。ところが、最近だとどうだろう。携帯メールで直接彼女に連絡ができる。大人は介さないで良いのだ。そうやって大人や社会と距離を置いていく。
以前私が書いた、「消えていく町の本屋、レコードショップ」でも触れたが、昔なら、お薦めの本やレコードは、そこの店主と話しながら知識を得て買ったものだった。だが、今の時代はアマゾンやiTunes Storeにアクセスして赤の他人のプレビューを読んで、購入するのだ。そこでは、人生の先輩である大人から、いろんなうんちくを聞くこともなく、ただパソコンを介してのみのコミュニケーションしかない。
世界の人とネットを通じてコミュニケーションができ、新しいコミュニケーションの道具としてその地位を築いたパソコンや携帯電話だが、同世代や同じ趣味、嗜好(しこう)の人同士のきずなは強めたが、自分が選択した人とのみしか付き合わないという側面があるのだ。パソコン、携帯がない時代に育った世代にとっては、新たな便利な道具が増えたに過ぎないが、生まれたときからそれらに触れていた世代は、少し感覚が違うのだろう。
これからの時代、コミュニケーション力は学校の教科のひとつとして、教えなければいけないのかもしれない。
OhmyNews小喜多 雅明(2007-11-12 22:15)